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宇都宮地方裁判所 昭和35年(ワ)129号 判決 1960年12月26日

原告 鈴木喜八郎

被告 村田登志枝

主文

被告は、原告に対して、金四、七二七、五二五円及びこれに対する昭和三五年六月三〇日から支払ずみまで年五分の金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(請求の趣旨及び原因)

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、鈴木啓正は昭和三一年二月一一日死亡し、その相続が開始されたものであるところ、同人の相続人は、

妻 鈴木みか

長女 窪田清乃

三男 原告

四男 鈴木小弥太

(以上の四人を、便宜原告側相続人という。)

昭和三一年八月一八日認知の裁判が確定した村田正枝(昭和二〇年八月二五日生)

昭和二四年一月一九日被相続人が認知した村田都世(昭和二四年一月一三日生)

昭和三一年八月一八日認知の裁判が確定した村田太正(昭和二六年六月一九日生)

(以上の三人を、便宜被告側相続人という。)

の七人であり、被告は、被告側相続人の親権者母である。

二、被相続人の相続財産は、有限会社人形荘の持分(出資口数)一、八三〇口、土地建物、山林、電話加入権、株式会社富士銀行株式二、〇〇〇株等であるが、人形荘の出資口数以外の相続財産については、これをそのまま相続人に分割することが実際上困難であるので、原告は、その余の原告側相続人から遺産分割に関する方法等の一切を無条件で委されて、被告側相続人の親権者たる被告との間に、右遺産分割に関する折衝を重ねた結果、昭和三四年八月二七日、次のような内容の契約を締結した。

(一)  人形荘の出資口数は、法定の割合どおりに分割すること。

(二)  右出資口数以外の相続財産一切を金銭に評価し、該評価額(但し、債務、葬式費用を控除した額)を法定の割合どおりに分割すること。

(三)  被告側相続人の貰いうけるべき金額は、財産の実際上の処分を待たずに、原告が被告側相続人の親権者たる被告に支払うこと。

(四)  従つて右出資口数以外の相続財産の所有権は原告に移転し、登記を必要とする不動産はこれを原告名義とし、その移転登記手続に協力すること。

(五)  被告側相続人の相続税は、原告において支払をするので、右相続税相当額は、被告側相続人の貰い受けるべき金額より控除すること。

(六)  被告側相続人は未成年であり、一人前になつて活動するまで相当の費用を必要とすることを考慮し、法定の割合どおりの分割金額の外に、相続財産から金一〇〇万円を与えることとし、原告が、被告側相続人の親権者たる被告に支払うこと。

三、そして、人形荘の出資口数を除く相続財産の総評価額は、金二三、六五七、七〇四円であり、この評価額は、被告において承認済のものである。

従つて、前項の契約による被告側相続人に対する支払額(但し、契約の(六)の分は除く。)は、次のような計算となる。

人形荘出資口数を除く相続財産の総評価額  23,657,704円(A)

妻 鈴木みかの分         A×1/3 = 7,885,900(B)

妻以外の子の分          A-B = 15,771,804(C)

非嫡出子たる被告側相続人の分   C×1/3 = 5,257,268(D)

葬式費用を含む全債務額            4,257,609(E)

被告側相続人の債務負担額   E×2/3×1/3 =939,043(F)

被告側相続人の相続税              590,700(G)

被告側相続人に対する支払額   D-F-G = 3,727,525

そこで、原告は、本件契約締結の日に、被告側相続人の貰い受けるべき右金三、七二七、五二五円と契約(六)の金一、〇〇〇、〇〇〇円の合計金四、七二七、五二五円を被告に支払つた。

四、ところで、本件契約は、相続財産分割に関する協議契約であるから、民法第八二六条第二項に則り、被告側相続人のうち二名のために家庭裁判所に特別代理人の選任を請求し、同裁判所から選任された特別代理人と被告とが、それぞれ被告側相続人を代理しなければならないものであつた。しかるに、本件契約は、親権者母たる被告が被告側相続人全員の法定代理人として、原告との間に締結したのであるから、被告側相続人について、民法第一一三条にいわゆる「代理権を有せざる者が他人の代理人としてなした契約」に該当し、本人から適法な追認のあるまでは、効力を有しないものといわなければならない。

従つて、本件契約に基いて被告に支払われた金員も法律上の原因なくして給付されたものにほかならないから、その利得者である被告は、原告に対して、これを返還すべき義務がある。

五、よつて、原告は、被告に対して、金四、七二七、五二五円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和三五年六月三〇日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

と述べた。その余の原告の主張は、別紙(一)の準備書面記載のとおりである。

(答弁)

被告代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告の請求原因第一項及び第三項の事実は認める。

二、同第二項の事実中、本件契約に原告主張の(四)の条項の存すること及び同(六)の条項中に「相続財産から」の文言の存することは争うが、その余の事実は認める。

三、同第四項の事実中、本件契約が遺産分割の協議契約であり、被告が被告側相続人の法定代理人として締結したものであることは認めるが、その余の事実は争う。

と述べた。その余の被告の主張は、別紙(二)の準備書面記載のとおりである。

(証拠関係)

原告訴訟代理人は、甲第一、二号証を提出した。

被告訴訟代理人は、証人郷敏の証言及び被告本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

(争いのない事実)

鈴木啓正が昭和三一年二月一一日死亡し、その相続人が原告主張のとおりであること、三人の被告側相続人がともに未成年者で、被告がその親権者母であること、原告を除く原告側相続人から遺産分割に関する一切を委任された原告が、昭和三四年八月二七日、被告側相続人の法定代理人としての被告との間に、遺産分割の協議契約を締結したこと、その契約の要旨は、「(一)相続財産中主要な財産を相続人の一人である原告に帰属させる。(二)原告は、右帰属財産の評価額を法定の相続分に応じて分割し、それぞれ他の相続人に支払う。(三)原告は、そのほかに被告側相続人に金一〇〇万円を支払う」。の三点にあること、及びこれに基いて同日原告から被告に金四、七二七、五二五円が支払われたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(金一〇〇万円の性質について)

ところで、被告は、右要旨(三)の金一〇〇万円について、それが「相続財産から」支払われることは争うと主張し、右金員をもつて遺産分割とは別個の贈与金であると主張する趣旨と考えられる。しかしながら、成立に争いのない甲第二号証及び証人郷敏の証言に本件弁論の全趣旨を綜合すれば、原告と被告は郷敏を通じて本件遺産分割の協議を進めていたところ、原告から相続財産を原告に帰属させる代り、その評価額を法定相続分に応じて分割した金員を分与する案が出され、これに対して、郷敏から被告側相続人の将来を考えてそのもらい分を増してくれるようとの申入があつて、結局、右のほかに金一〇〇万円を分与することになつたという経過を認めることができ、この事実から考えるならば、被告側相続人に対する遺産分割の金額を算出した過程に従つて、法定割合による金員三、七二七、五二五円とそれ以外の金一〇〇万円とを書きわけたものに過ぎず、両者の金員がともに遺産の分割方法たる性質を有することは疑う余地がない。もつとも、被告本人は、前記争いのない金員の授受に際し、金三、七二七、五二五円の袋には被告側相続人の名が書かれ、金一〇〇万円の袋には被告の名が書かれてあつた旨供述するけれども、仮にそのような取扱なされたとしても、両者の金員の法律上の性質が異るために、原告がこれを意識してしたものとは解しがたく、むしろ、右認定の経過によれば、原告は、被告側相続人に対して、本来の相続分の割合以上に特別の配慮をしたことを示す意味で、右のような取扱をしたものと推測するのが自然であるから、この事実をもつて、金一〇〇万円が遺産分割とは別個の贈与であることの根拠とすることはできない。

(本件契約は、利益相反行為にあたるか)

そこで、本件の根本的な争点である、本件契約が、未成年者たる被告側相続人間において、利益相反する場合に該当するかどうかの問題について考えよう。

民法第八二六条第二項の「利益相反する行為」とは、親権に服する子の一方のための利益であつて、他方のために不利益な行為をいうが、その判断の基準は、現実において両者の利益が相反する場合はもとより、将来利益相反の結果を生ずる可能性、危険性があれば足りるものであり、しかも、その可能性、危険性の有無は、当該行為自体について実質的、客観的に判断すべきであるから、たまたま親権者において数人の子のいずれに対しても偏頗な気持がなかつたり、あるいは、その行為の結果数人の子間に利害の対立が現実化されていなかつた場合でも、行為自体について利益相反する危険性がなかつたものとはいえない。このように考えるならば、一般に未成年者たる数人の子が他の相続人とともに共同相続をする場合には、相続開始と同時に、各相続人間に実質的客観的に利害対立の状態が現前していると見るべきであるから、この場合の遺産分割の協議が、未成年者たる相続人間において、利益相反する行為に該当することは、いうまでもないところである。本件において、親権者たる被告において被告側相続人のいずれに対しても衡平を欠く意図のなかつたこと、本件遺産分割自体民法第九〇六条の基準に適合した分配方法と目すべきこと、及び被告側相続人がすべてその全員として取扱われ、従つて、被告側相続人間においては計算上平等の分配であつたことは、被告の主張するとおり、まことに明瞭であるけれども、そうであるからといつて、本件契約自体について、被告側相続人のいずれかの利益を害する可能性、危険性がなかつたものとはいえず、被告側相続人全員の利益を保障するためには、親権者たる被告がそのうち一人の法定代理人となり、他の二人については、それぞれ特別代理人を選任した上で、遺産分割の協議をすべき場合であつたといわざるをえない。

(本件契約は被告側相続人のうち一人のために有効であるか)

次に、被告は、被告側相続人のうち二人のために特別代理人を選任すべき場合であるとしても、被告は、その一人については、法定代理人として行為をなしうるものであるから、本件契約全部が効力を生じないものとはいえないと主張する。しかしながら、遺産分割の協議は、共同所有関係に立つ相続人間の分割契約であり、共同相続人全員の意思が合致して、はじめて協議が有効に成立するものであるから、本件のように、共同相続人のうち被告側相続人の二人が適法に代理されずに契約が締結され、いまだその追認がされていない状態のもとにおいては、本件契約が、原告側相続人と被告側相続人のうち一人との間の遺産分割の協議としても、有効であるとはいえない。

(不当利得の成否について)

以上説示したとおりであるから、原告と被告側相続人全員の法定代理人としての被告との間に締結された本件契約は、要するに、被告側相続人のうち二人については、特別代理人が選任されることなしになされた被告の無権代理行為であり、その余の一人については、遺産分割の協議としての効力を生じないものであり、従つて、本件契約に基いて支払われた金四、七二七、五二五円は、法律上の原因なくして給付されたもので、これにより原告は同額の損失を蒙つたものというべきである。しからば、右金員の利得者は何人と見るべきであろうか。右金員のうち三分の二については、被告が無権代理人として受領したことになるから、特段の事情の認められない本件においては、被告をもつて利得者とすべきであるが、その余の部分については、被告は、被告側相続人のうちの一人の親権者としての権限を何ら制限されていないのであるから、その利得は本人である被告側相続人のうち一人に帰したものと考えられないではない。けれども、その被告側相続人のうち一人が何人であるかは、将来、本件遺産分割の協議について、被告側相続人のうち二人のためにそれぞれ特別代理人が選任されることによつて、はじめて被告の親権の行使がさまたげられない一人の子が特定されるという関係にあるのであるから、被告において、被告側相続人のいずれの一人のために右金員の三分の一を利得したかを確定できない以上、その分についても、無権代理人に準じて、みずから利得の責任を負うべきものと解する。

(結論)

よつて、原告が被告に対して、右不当利得金四、七二七、五二五円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和三五年六月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合の損害金の支払を求める本訴請求を正当として認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言は、これを附することが相当と認められないので、その申立を却下する。

(裁判官 橋本攻)

別紙(一)

準備書面

原告 鈴木喜八郎

被告 村田登志枝

右当事者間の御庁昭和三五年(ワ)第一二九号不当利得金返還請求事件について原告は左のとおり陳述する。

一、本件における遺産分割の協議契約の内容は、「相続財産中有限会社人形荘の出資口数を除き、他の財産は土地、建物、及び山林等であつて、分割することは非常に困難であるために、該財産全部を相続人たる原告の所有となし、他の相続人に対しては、該財産一切を金銭に評価し、該評価額より葬式費用等の債務割振額を控除した額を法定の割合に従つて分割する。但し、親権者母たる被告の親権に服している相続人村田登世、同正枝、同太正は未成年者で成年に達するまでは相当の年月を要するから、相続分該当の評価額の外に更に金百万円を加算したものとする。」と、云うことであつた。

即ち、右財産一切の所有権を相続人たる原告に移転し、他の相続人に対しては前述の例外を加味した法定割合に従つた金員を与えると云うことである。

被告の親権に服する三人の未成年者も、かかる遺産分割の協議に関し、夫々相対立する当事者であることは、言を俟つまでもない。従つて、右三人の未成者が、成年者であつたならば、「自分は金員はいらない。不動産をそのまま取得したい」と主張する者もあるだろうし、或いは「金員で半分、半分は不動産を取得し度い」と主張する者もあるだろう。当事者として遺産分割の協議をなす以上、協議の当事者相互間において、自己にとつて最も有利な内容のことを、夫々主張する間柄である。これ即ち、未成年の子数人ある場合、夫々遺産分割協議の当事者として相互に利益相反する場合に該当するものであること一点の疑もない。

民法第八二六条第一項の場合(旧法から存在した)に就いて、従来(旧法時代)の大審院判例が、親権者と子とが夫々独立の相対立する当事者となる法律関係に立つ場合は、親権者と子とが利益相反する場合であると云う判断を示していたのであるが、この大審院の考え方は、同条第二項の数人の子相互間においても、同様である。即ち、数人の子が夫々相対立する当事者となる場合も全く同様である。本件の如き、遺産分割に関し、相対立する当事者となつて、契約を締結せんとする場合の如きは、数人の子相互間において利益相反する場合であること、洵に、顕著である。

二、この点に関する法務省民事局長より全国の法務局長宛の次のような通達によつて観ても、一段と、明白となる。

「昭和三十年六月十八日民事甲第一、二六四号民事局長通達(昭和三十年六月十一日福島地方法務局長照会)

「親権者とその親権に服する数人の子とが遺産分割の協議をする場合の特別代理人の選任について。」

標記の件に関し、別紙甲号のとおり福島地方法務局長から照会があつたので、別紙乙号のとおり回答したからこの旨管下登記官吏に周知方しかるべく取り計らわれたい。

(別紙甲号)

親権者とその親権に服する数人の子とが遺産分割の協議をなす場合には、利益相反行為となるので、子のために特別代理人の選任を必要としますが、この場合親権に服する子一人毎に各人格の異る特別代理人(同一人でないもの)を選任しなければならないものと考えますが、如何でしようか。

若しそうだとすれば親権に服する数人の子全員のため特別代理人一名を選任しその遺産分割の協議をなし、これに基く所有権移転登記申請があつた場合、その申請を却下して差支えありませんか。聊か疑義があり急を要する事案につき至急何分の御指示をお願いします。(参照昭和二五、一〇、九、法曹会民事法調査委員会決議)

(別紙乙号)

六月十一日付電報照会の件、親権者とその親権に服する数人の子とが遺産分割の協議をする場合における特別代理人の選任については、貴見のとおり解すべきである。したがつて、所謂後段の場合における登記の申請は、不動産登記法第四九条八号の規定により却下すべきものと考える。」

三、前記民事局長の通達の場合の事案は、親権者も遺産分割協議の当事者となる点だけが本件事案と異るが、未成者たる数人の子が遺産分割協議の当事者となる点において本件事案と同様である。この場合、数人の子相互間においても利益相反する場合であると解して、数人の子全員について夫々格別の特別代理人を選任しなければならない旨を明らかに、示しておる。

本件の場合は、親権者母たる被告は未成年者たる相続人の一人について法定代理人として遺産協議を締結することはできるが他の二人の未成年者たる相続人については、夫々一人につき一名の特別代理人を選任しなければならないことは、前記の民事局長の通達の趣旨に照らし明らかである。然るに、本件においては、親権者母たる被告が三人の未成年者全員の法定代理人として遺産分割協議を締結したものであるから、結局、全部について代理権なき者が他人の代理人として為した契約に該当することとならざるを得ない。

昭和三十五年七月二十七日

原告代理人

弁護士 戸田善一郎

宇都宮地方裁判所

民事部御中

別紙(二)

昭和三五年(ワ)第一二九号

原告 鈴木喜八郎

被告 村田登志枝

昭和三十五年八月二十四日

被告代理人 中沢喜一

宇都宮地方裁判所民事部 御中

第一準備書面

右当事者間の貴庁昭和三五年(ワ)第一二九号不当利得返還請求事件について被告は次のとおりその主張を明に致します。

一、原告提出昭和三十五年七月二十七日附準備書面第一項記載事実中、遺産分割の協議の内容は原告主張の事実を前提として協議成立したものであることは認める。

而して遺産分割については被相続人鈴木啓正は東京都墨田区吾妻橋三の七に工場を所有し、盛大に鉄工業を営んでいたのであるが、終戦後その経営を原告に任せ自らはその工場経営に関与せず専ら栃木県那須郡那須温泉に温泉旅館(人形荘と称す)を経営し被告村田の協力を得て盛業中であつたが、啓正は昭和三十一年二月十一日死亡したのである。そして被相続人啓正は墨田区吾妻橋三の七の工場敷地二四八坪三合の土地を所有する外、同所に三二八坪九合を借地し、その他に別表のとおり財産を所有していたのである。

二、右の如く被相続人啓正は永年の努力で築き上げた墨田区吾妻橋所在の鉄工所を原告において主として経営せしめていたのであり、この財産を共同相続人においてその工場を各分割分配することは鉄工場の事業を細分化することゝなるべきにつき原告をして引続き経営せしめることに協議が成立し、従つて相続財産について税務署の評価額を参考としてその妥当な評価を為し、その評価額を以て原告において所有権を取得するこゝし、原告は各相続人に対しその評価額による法定割合の金員を支払うことに協議が整い(訴状中請求の原因第三項参照)、これにより相続人村田正枝、都世、太正の親権者たる被告が遺産分割による法定の相続分を親権者として確認する契約をしたのが甲第二号証の公正証書である。

三、従つて本件の遺産分割は民法第九〇六条所定の「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の職業その他一切の事情を考慮してこれをする」の基準に適合する分割であり、これにより相続人全員その分割につき協議調い、その実行を終えたのである。

四、原告は「三人の未成年者が成年であつたならば自分は金はいらない、不動産をその儘取得したい、又は金員は半分で、半分は不動産を取得したい」と主張する者があるだらうから未成年の子数人ある場合夫々遺産分割について当事者として相互に利益相反する場合に該当すると云う。

然し乍ら前記第一乃至三項で述べた如く遺産分割について民法第九〇六条の趣旨に基き現実に本件相続財産の主要な墨田区吾妻橋所在の鉄工所を原告に引続き経営せしめるため仝被相続人の財産を原告に帰属せしめたるに対し原告はその評価額の金員を各相続人に分配することが合理的な均分相続の実現であり且つ亦適切な分配方法というべきである。蓋し企業体の鉄工所を細分化した場合は事業自体の運営が不能になるべきは明かであるばかりでなく協議当時における相続財産の評価に不正あらば格別然らざる本件においては相続財産の不動産は評価額で金員に代替したものであるから両者は同一と認むべきであり、従つて相続財産を原告に帰属せしめこれに代つて原告はその評価額による金員を法定割合により各相続人に支払うことは何等相続人相互間に利益衝突を生ずべきではない。即ち利益相反するや否やは当該行為自体について判断すべきである(大審院大正七年(オ)第四四二号同年九月一三日判決民録一六八八頁、昭和一四年(オ)第一六七四号昭和一五年七月二九日判決全集七輯二六号九頁)。

然らば本件における分割協議について民法第九〇六条の分割基準に則り且つ法定分割割合により相続分を決定したのであるから未成年者三人間には利益相反するものがないのであり、原告の主張は失当である。

五、而して民法第八二六条第二項の規定の適用される場合は未成年相互間の利益衝突行為について公正を維持するためのものである。本件においては相続財産の分配について三人の未成年の子の間で一人のため利益となり他の者が不利益を受ける等その分配額が平等を欠く場合を利益相反というのであつて、本件相続財産分配は原告主張の如く未成年者三人において相続分として金三百七十二万七千五百二十五円の分配を受けたのであり、これは可分し得るが故に未成年者三人は各その三分ノ一の遺産分配を受けたものとなる。則ち未成年者三人に対する分配は平等であり公正であるからその相互間に利益相反又は利害衝突の行為がないことが明かである。従つて本件においては民法第八二六条第二項の適用なしと謂はねばならない。原告の引用する民事局長通達の事案は親権者とその親権に服する未成年者とが遺産分割する場合であつて斯る場合は親権者とその未成年者間においては民法第一〇八条の規定の趣旨より公正を維持し得ない蓋然性あるが故に未成年者のため特別代理人を選任せしむべきは当然であるが、本件における親権者たる被告は相続権を有するものではないから相続分の分配につき何等の対立関係なく被告とその未成年者三人との間に利害関係がないのであるから、被告はその未成年者の法定代理人としての相続財産分割協議に関する行為は適法であり、従つてこれについて未成年者のため特別代理人の選任を求める必要性がないのであつて、本件については右通達の趣旨は適切でない。

六、要之、民法第八二六条第一、二項は親権に服する子の利益保護を目的とする親権制限並にその対策としての親権補充を規定したものである。則ち親権に服する子と親権者自身及び親権に服する子の一方と他の子の利益が衝突する場合には親権者には公正な親権の行使が期待できないので親権者は自己又は他の子の利益のために法定代理権又は同意権を封じて特別代理人をして子の保護の任務を行はしめるのである。而して第一項の親権者自身とその子との利益相反する行為とは親権者のために利益であつて未成年者のために不利益となる行為(大審院昭和六、一、二四、民集十巻一一〇八頁、同大正九、一、二一、民録二六輯九頁)、第二項は親権に服する子の一方のため利益であつて他の子のため不利益な行為をいうのである(中川氏編集註釈親族法七二頁)。この第二項の代理権や同意権を制限したのは親権者の一方の子を偏愛して親権を不当に行使する場合あることを虞れたのによるのである(家族法大系V後藤清氏民法第八二六条の利益相反行為七〇頁)。従つて同項の規定は親権者が数人の子の利益を衡平に保護することが主であつて同規定は斯る場合親権者の偏頗な気持を働かせないようにとの趣旨で設けられたものである(昭和九年判例民事法野田良之氏評釈二六六頁以下)。

然るに本件においては前述の如く被告は遺産分割協議につき何等利害関係なく被告とその子との間に利益相反関係がないのであり、更に未成年者三人の相互間において遺産分割について夫々平等の相続分を取得するものであるから三人の未成年者間で一方に利益であつて他方に不利益を生ずるものでないことは極めて明白である。従つて遺産分割協議について民法第八二六条第二項の適用あるべきものではない。

七、原告は「民法第八二六条第二項に則り家庭裁判所に右相続人二名のため特別代理人の選任を請求し同裁判所から選任された特別代理人と被告とが夫々各相続人を代理しなければならなかつた」として協議契約は親権者母たる被告が三名全部の法定代理人として為した契約として三名全部につき追認ある迄効力を有しないと謂う。

然し乍ら仮に原告主張の如く二名について民法第八二六条第二項の適用さるべき場合とするも、同条項自体によるも被告はその一人の子については法定代理人として行為を為し得るものであり他の二人の子についてのみ特別代理人の追認ある迄は効力を生じないに止るものである。従つて原告の主張によるも協議契約全部が効力を生じないものということはできないのであつて、その過程において契約全部が効力を生じないとしてその全部を不当利得として請求する本訴は理由がない。

被相続人鈴木啓正の所有財産(人形荘関係を除く)

一、東京工場分(墨田区吾妻橋三の七)

(1)  宅地 二四八坪三〇

(2)  宅地借地権 三二八坪九〇

(3)  建物(同所々在鉄骨工場) 七七〇坪〇七

(4)  機械一式

二、国分寺所有土地(東京都北多摩郡小金井町小金井新田)

(1)  宅地 三六九坪〇〇

(2)  山林 一四〇三坪〇〇

三、大磯所有土地建物(神奈川県大磯町)

(1)  宅地 三二一坪三三

(2)  畑 二二坪七五

(3)  建物(同所々在木造) 八三坪三九

四、電話加入権

東京工場、大磯住宅に各一 二

五、有価証券

富士銀行株式 二〇〇〇株

六、平塚賃借土地建物

(1)  借地権 七二一坪一三

(2)  建物(同所々在木造トタン葺平家倉庫) 二〇四坪〇〇

七、預金現金

(1)  住友銀行大連出張所預金 金二三六、五〇六円

(2)  福島相互銀行黒磯支店預金 金二四、六〇〇円

(3)  現金 金七五、〇〇〇円

八、書画骨とう動産 金二六四、五〇〇円

九、立木

(1)  那須湯本山分 金二〇、七〇〇円

(2)  東京都北多摩郡分 金五、一二〇円

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